参議院予算委員会第15号

2013年05月08日

■憲法

(社民党 山内 徳信 氏との質疑中)

今、山内委員、私の尊敬する山内委員ではありますが、日本のヒトラーになるかもしれないという御発言は私はとても容認できないわけでございまして、是非それは取り消していただきたいと、このように思う次第でございます。ヒトラーは三百万人のユダヤ人を虐殺した人物でございまして。
まさにこの憲法改正については、私は従来から申し上げておりますように、三つ憲法を改正しなければならないという理由はあるわけでございまして、一つはやはり憲法の制定過程でございまして、何といっても基本法でございます。この制定過程において、これは進駐軍が作ったということでございますし、二番目は、やはり時代にそぐわないものもありますし、新しい言わば価値、基準、環境権等もそうでしょうし、プライバシーというものもそうかもしれない。そしてまた、もう一点は、やはり私たち自身の手で憲法を作っていくという精神こそが新しい時代を切り開いていくのではないかと、このように思うところでございます。

私は謙虚で平和主義者だと、こう思っておりますし、憲法の三原則、現行憲法ですね、平和主義、主権在民というもの、そして基本的人権、この三原則については、自民党の憲法草案についてもそれは受け継がれているわけでございます。
そして、その中において、九十六条について言えば、今委員がおっしゃった米国の例でございますが、確かに三分の二でございますが、しかしその後の国民投票はないわけでございまして、日本の場合は三分の二で、そしてさらに国民投票ということになっているわけでございます。
そして、私たちの疑問は、三分の二ということは、三分の一を少し超えれば、多くの国民が自分たちの意思を表明したいと思ってもそれができないのはやはりおかしいだろう、つまり国民への信頼があるかどうかということなんだろうと思うわけでございます。三分の二でも二分の一の国民の多数が必要、二分の一でも過半数の国民の支持が必要であるわけでございます。
そうであるならば、国民にとって、憲法について議論をし、そして自分たちの意思を表明する機会が与えられるのは私たちは当然ではないかと、こう考えたところでございます。

■原発

(みんなの党 山田 太郎 氏との質疑中)

原子力規制委員会において、各種の事故調査でこれまで明らかにされた情報を踏まえて、海外の規制基準も確認をしながら、世界最高レベルの安全水準となる新規制基準の策定を今行っているところでございますが、本年七月に施行する予定であります。こうしたことによって事故の経験と教訓を生かして技術を発展させることで世界最高水準の安全性を実現できると、このように思っております。そして、この技術を世界と共有することによって世界の原子力安全の向上にも貢献していくことが我が国の責務であると考えているわけでございまして、相手国の事情や意向を踏まえながら、我が国技術を、我が国のこの高い安全水準を持った技術を提供していく考えでございます。

■集団的自衛権

(民主党 川上 義博 氏との質疑中)

まず、集団的自衛権について申し上げますと、言わば四分類についてお話をさせていただきました。この四分類について言えば、今までの状況とは随分この環境が、安全保障環境が変わる中において今までの解釈でいいのかという問題意識でございました。
ですから、例えばミサイルが、北朝鮮がまさに日本に到達できるミサイル、かつ、そこには大量に人々を殺すことのできる大量破壊兵器として認められるようなものを、化学兵器等を載せることができるという中において、これを阻止するためのミサイル防衛というのは過去にはなかった。今まで政府が答弁として重ねてきた時代にはなかった状況が起こっているわけでございまして、そのミサイルを阻止するために米国のイージス艦がそのミサイルに備えている中において、公海上でその米艦を防護するということを我々の方でしないことがいいのかという、そういう問題意識もあるわけでございまして、そのことによってむしろ我が方に大きな甚大な損害がある可能性も当然あるわけでございますし、同時にまた、それが例えばグアムに飛来するということになる場合、撃ち落とせる能力があるのにそれを撃ち落とさなくていいのかという、これは問題意識として当然政治の場で考えなければならない課題であるわけでございまして、だからこそ我々は、この四分類に限るわけではございません、新たな分類についても行う必要があるかどうかということについても含めて、今、安保法制懇によって様々な議論がなされているということでございます。

(日本維新の会 水戸 将史 氏との質疑中)
※水戸氏の質問と合わせて記載します

集団的自衛権について、私は六年前にいわゆる安保法制懇を立ち上げまして、四つの類型に関して憲法上の考え方を諮問したところでございます。
言わば安全保障環境が大きく変わったわけでございまして、そしてまた、言わば我が国の憲法が成立をする前に国連が誕生したわけでございます。そして、その中でこの憲法の解釈が行われてきたわけでございますが、国連が全ての紛争を解決し得る手段だと当時は考えられていたわけでございますが、なかなかそうはならないというのが現実であったわけでございますが、その中で様々な努力がなされてきました。そこでPKO等の活動等の努力がなされてきたわけでございますが、そしてまた、安全保障環境も大きく変わって冷戦構造も変わってきた中において、今までの解釈でいいのかどうかという問題、課題でございます。
そこで、今新たに安保法制懇において、この四類型以外のものも含めて議論をしていただいているところでございますが、今この段階で私が結論めいたことを申し上げて影響を与えるよりは、まずは自由な議論をしっかりとしていただきたいと、このように考えております。

水戸氏
『先ほどの中におきましても、安保法制懇につきまして四類型あるという形で、今お話しいただきましたとおり、この憲法解釈ですね、それをめぐっていろんな議論を闘わせているところだというお話もございました。
そもそも安倍総理として、これは昭和五十六年の、三十年前のこの憲法解釈ですね、内閣法制局におきまして、集団的自衛権、これは有しはしているけれども、しかし現九条、憲法下におきましては、これはいわゆる集団的自衛権を有しているけれどもこれは行使はできないという、非常に分かりづらい解釈になっているわけでありますけれども、安倍総理といたしましてはこの解釈を変えたいというおつもりでありましょうか、基本的には。どうでしょうか。』

これは、法制局の答弁としては、言わば集団的自衛権について言えば、国際法上は自衛権は保持をしているが憲法上行使できないと、こういう答弁をしているわけでございます。
そこで、この答弁の際にも、言わばこの概念として、絶対概念ではなくて量的概念として必要最小限を超えるという当時は判断をしているわけでございますが、しかし、当時と現在とでは様々な状況に大きな変化が出てきている。安全保障環境において随分大きな変化が出てきているわけでございまして、そこで、自衛権には個別自衛権と集団的自衛権というものがあるわけでございますが、世界の全ての国は集団的自衛権と個別的自衛権、両方とも権限としても存在するし行使もできるわけでございまして、日本のように一々分けて議論している国は非常に少ないわけでございますが、この四類型の中において、例えば我が国の固有の領土の近辺、周辺の公海上を警備をしている、日本のために警備をしている米国の艦船の近くに自衛隊の艦船がいて、米国の艦船が攻撃をされた際に、日本側の艦船がその米側の、米国の艦船を助けなくてもいいのかという問題でございます。
実際に本当に助けなかったら、これはもう安保条約そのものが、同盟そのものが大きな危機に陥るわけでございまして、相手方がそのことを知っていれば、先に米国側を攻撃をして、その状況を見て、日米間で大きな亀裂が入った後に領土に対して攻撃をするということも十分あり得るわけでありまして、その中において専門家の皆さんに議論をしていただいているところでございます。

水戸氏
『憲法解釈というのは、その時々の政権、政府が行うものでありまして、人間がするものなんですね。昭和五十六年からこの解釈がずっと変わっておりませんけれども、その気になればその政権において、その政府においてこの憲法解釈はこれはまた違った形でこれを解釈するということの訂正はできると思うんですけれども、安倍総理、この憲法解釈をできるかどうかについては、その時々の政権でできるんじゃないでしょうか。いかがですか、その見解につきましては。』

六〇年の安保改正当時は、これは当時の岸信介首相本人が集団的自衛権について答弁をしているわけでございまして、その行使について議論の余地を残した答弁をしているわけでございまして、つまり、ずっと一定かといえば、この答弁について変遷があるのも事実であろうと、このように思うわけでございまして、最終的にはこれは政府としてこの解釈を決定すべきものだと、このように考えております。だからこそ今、安保法制懇において議論をしている。これは、日本の安全、そして地域の平和と安定をより高めていくための解釈でなければならないと、こう考えているところでございます。

水戸氏
『これは、安倍総理、安倍総理は第一次安倍内閣のときに、もう既に七年ぐらい前でありますけれども、同じメンバーで、同じ名称で安保法制懇をつくられているんですね。そのとき、先ほどお話しいただいたとおり、四類型についてはもう既にこれは、安倍総理は途中で辞めてしまいましたけれども、福田内閣にその見解を提出をされているわけでありまして、ある意味もう結論は出ているんです。この安全保障、またさらには、集団的自衛権についてはこういうふうにして解釈を変えていくというような形で提言されているわけでありますので、もうそろそろ、これは今年の二月にまた再開いたしましたけれども、やはり今となっては、政府としてこの安保法制懇のこれを受けてやっぱり一定の方針を速やかに出すべき時期じゃないでしょうか。それについてどうでしょうか。』

この議論については、いつまでにという期限を設けているわけではございませんが、前回の報告書が出されて以降の安全保障環境の変化も踏まえて、我が国の平和と安全を維持するためにどのように考えるべきかということについても議論をしていただいているわけでございますが、しっかりと議論を深めていただきながら結論を得ていきたいと、このように思っております。

(新党改革 舛添 要一 氏との質疑中)

つまり、今、小野寺大臣が答弁したように、盾は自衛隊が担い、そして矛は米軍と、そしてこれを両方合わせて抑止力としているところでございますが、それが果たして抑止力として十分なのかということでございます。
抑止力とは、つまり攻撃をしたら痛い目に遭うよ、そもそも攻撃することは考えない方がいいという状況をつくっていくことでございますが、彼らが、もしこの矛を米軍がこういうケースでは使わないんではないかという間違った印象を与えることはあってはならないわけでございまして、そこで、今まさに日本を攻撃しようとしているミサイルに対して、米軍がこれは攻撃してくださいよと、米軍の例えばF16が飛んでいって攻撃してくださいよと日本が頼むという状況でずっといいのかどうかという問題点、課題はずっと自民党においても議論をしてきたところでございます。
しかし、これは国際的な影響力もございますので慎重に議論をしなければならないわけでございますが、言わばこの抑止力をしっかりと維持をしていく上において、相手に、これはやはり日本に対してそういう攻撃をすることは自分たちの国益あるいは自分たちの国民の命にも大きな影響力があると思って思いとどまらせるようにするという、抑止力を効かせる上においてどうすべきかという議論はしっかりとしていく必要があるんだろうと、このように思っております。

■歴史認識

(民主党 大河原 雅子 氏との質疑中)
※大河原氏の質問も合わせて記載します
大河原氏
『それで、これは総理に伺いますが、先日の予算委員会の答弁で、侵略の定義は人それぞれの立ち位置で異なると、定義はないというふうに御答弁になっているんですが、定義はありますよね。お答えいただきたいと思います。定義はあります。』

恐らく大河原委員は国連総会における決議についておっしゃっているんだろうと、このように思うところでございますが、国連総会における侵略の定義に関する決議は、安保理が侵略行為の存在を決定するための言わば参考としてなされたものであるというふうに承知をしております。
いずれにせよ、我が国は、かつて多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたわけでありまして、その認識においては今申し上げておきたいと、このように思う次第でございます。
そこで、侵略の定義については、言わば学問的なフィールドにおいて様々な議論があるということを申し上げたわけでございまして、政治家としてそこに立ち入ることはしないということについて申し上げたところでございます。

この安保理の言わば総会によって決議として決まったものを言わば参考、指針にしながら、そして安保理で最終的には決めるということになるわけでございまして、言わば安保理において最終的な決定がなされるわけでございまして、つまり、絶対的な定義は、あのとき申し上げたのは、学問的には決まっていないということを申し上げたわけでございます。

大河原氏
『私は学問的なことを聞いているんではなくて、日本の総理として、この国連の決議があった中で、定義がないわけじゃないわけですよ。だから、お立場としても、この侵略戦争に定義はないということが議事録に残るというのは私たちにとっては非常に不名誉なことなんですが、いかがですか。』

つまり、個別の、これが侵略かどうかということについても、この決議以後も、言わばこの決議を指針として決めるのは安保理ですから、安保理としてはまだ何の、例えばそれぞれの個別の案件について、過去に遡って決議を安保理として決定をしているわけではないということでありまして、言わば安保理は残念ながらそれは政治的に決まっていくわけですよね、それは安保理でありますから。安保理で決めるということは、常任理事国は拒否権を持っているということにもなるわけでございまして、そして、そもそも国連によって決まった言わば総会における定義であるということでございますから、それ以降については言わばこの定義において安保理において判断をしていこう。
そして、これ言わば、ここにも書いてあるわけでありますが、これは一条、二条、三条と、こうあるわけでありますが、国連の憲章に違反する、言わばここでも書いてありますが、最初の武器の使用だったかどうかということについても書いてあるわけでございますが、そういうことも含めて言わば安保理において決めていくという性格のものであって、先般私が申し上げたのは、学界的に明確な定義がなされたかということについてはそうではないということにおいて申し上げていたわけでございます。

大河原氏
『それでは、総理、この定義に従って、例えば、今安保理が決めるとおっしゃったんですが、過去の私たちの国がかかわった戦争というのはどういうものだったでしょうか。
二十世紀、戦争の世紀と言われて、戦争の惨禍というのは本当にひどいものがありますよね。今、資料の方にも第二次世界大戦の各国の戦没者の数だけ表になっているのを持ってきました。戦争の惨禍というのは政治の結果ということでございますけれども、その加害の歴史、被害の歴史に向き合い、第二次世界大戦、そしてアジア太平洋戦争のこの悲惨な結果、本当に大勢の命が失われた、そして、その後の残された方々のことや傷病者の数は入っていませんし、それぞれの家族がその後、戦後どんな辛酸をなめたかということがこのグラフにはありません。
総理はどういうふうに御認識なんでしょうか、さきの大戦、そして戦争そのもの。』

有史以来、様々な戦争があったわけでございますが、特に二十世紀においては、一般の国民をも、多くの国民をも巻き込む様々な戦争が発生したわけでございます。その中においても我が国も無縁であったわけではなくて、かつて多くの国々、とりわけアジアの人々に対して多大な損害と苦痛を与えたということでありまして、その認識におきましては過去の内閣と同じ認識を持っているわけでございます。
その言わば深刻な反省から我が国は戦後の歩みを始めたわけでありまして、自由と民主主義、そして基本的な人権、しっかりと守ってきたのみならず、こうした多くの国々と共有する普遍的な価値を広げるための努力も行ってきたということでございます。そして、この多くの地域で平和と安定が守られるために様々な貢献もしてきたわけでございまして、時にはPKO活動にも参加をしながら、平和を回復をし、そして安定的な平和を維持するための汗も努力もしてきたということでございます。

■主権回復の日

(民主党 大河原 雅子 氏との質疑中)

まさに日本が独立を失い、そして主権を失った七年間であったわけでございます。つまり、七年という長い占領下を経て日本国は主権を回復をした、そして国際社会に復帰をしたわけでございます。
しかし、その六十一年前の段階においても、沖縄、そして奄美、小笠原は日本の主権の外に置かれたわけでございまして、それから更に努力が続いていくわけでございますし、国連に加盟もその段階では成らなかったわけでございまして、国連に加盟することもそのときの悲願であったんだろうと、このように思うわけでございますが、つまり、国際社会に受け入れられる、復帰をするという先人の努力に思いをはせながら四月の二十八日を迎えたということでございます。

出典:参議院HPの議事録

(私の感想)
原発ゼロをはじめとして、さんざん国民の声を無視しておいて、
憲法96条に関してだけ国民の声が無視されているということを言っているのはおかしいです。

新規作成:2013/10/14
最終更新:2013/10/14